わざとわすれる
「知り合って何年だっけ?」
「うーん、10年くらい? 中学から知り合いだから」
「わたし中学の知り合い、地元では会うけどわざわざ東京では会わないや」
「まぁそうだよねえ、そもそもそのころの知り合いでまだ会う人自体、少ないんだよね、転校もしたし」
「それでも続いてんのすごいね」
「続いてるっていっても…年に2回くらいしか会わないけど」
「でも仲いいよね」
「仲いいをどう定義するかによるけど」
「例えば来週どう?って言われて、会う気にはなるんでしょう」
「そうね」
「そういう意味、なんとなくお互いに会うリズムが決まってて誘ったり誘われたりするのを待ってるって意味」
「それは、そうだね」
「会って何話してるの?別にいまの環境が近いわけでもなくて」
「うーん、いざ聞かれてもわからないけど、普通わからなくない?」
「そうね」
「そうでしょう」
「よく続くねえ」
「お互いがお互いに興味ないから、気が楽なんだよ」
「どういう意味?」
「積極的にお互いの人生に関わる気がないってこと」
「よくわからない」
「例えば相手が今どんな仕事してるかとか、どんな女の子と付き合ってるとか、今年の目標はどうだとか、飲み屋でわかれたあと電車でどの駅で降りて誰の家に行くとか、そういうこと全然気にならないってこと」
「えー、そういう話以外どんな話するの」
「うるう秒とかヒッグス粒子とかカッターシャツの綺麗なアイロンのかけ方についてかな」
「嘘つけ」
「話したい時は話すよ」
「うるう秒?」
「ううん、立ち入ったプライベートなことも」
「そりゃあね、友達だったら」
「うーん、そういう感じじゃない、友達の条件、って感じじゃない」
「どういう意味?」
「わたしたち一緒にいると、相手のために話してない。自分の話したいことしか話してない。究極的に相手の言ってることあんまり聞いてない感じがする」
「聞いてなかったら会話にならなくない?」
「いや聞いてなくないんだけど。もちろん」
「わかってるよ」
「聞いたこと忘れちゃうわけでもないけど、積極的に掘り返さないよ。2人だけに通じる内輪なネタにはする。ネタとして昇華した時点でもうフィクションに近づくから」
「とても文学的ですね」
「嘘でもホントでもどっちでもいい話しかしてない、リレー小説みたいだ、でも全部ひとりごと、みたいな」
「はあ…昔から?」
「いやー別に。中学生の時ってなんとなく男女で仲良くしにくくなかった?」
「じゃあ東京来てから?」
「そうねえ、もっと言うと、酒を飲むようになってからだなあ。酒があると空想と現実があいまいになってきてすごくいいよね。本気度が微妙になって。どんなくだらないこと言ってもまともなこと言っても全部、酔っぱらいの戯言、に帰結」
「アルコールないころ、何を考えてたんだろうってたまに思う」
「酒もないのにファミレスに6時間くらいいたよね」
「いたいた。死ぬほど話してた。あのエネルギー不思議だ」
「今もわたしたちはそんなふうに延々とだらだら話してるんだけど、テンション超高いときと、異常に低いときがあるんだよね」
「へえ」
「なんとなくチューニングできるから、そこに他人を巻き込める自信ないから、いつも2人でしか会わない」
「えーっとその…恋愛関係ではないの?」
「それは今までもこれからも絶対にないね」
「よかった」
「なんでよかったなの?」
「男女2人でいて行き着く先が恋愛しかないんなら世界に絶望しちゃうから」
「お互い、入れ込む気がないから恋愛にならない。相手が自分に興味ないってわかってるから話せることってあるんだよね。上手に忘れてくれる。うそ、忘れたふりをしてくれる」
「歪んでていいね」
「褒め言葉ね? ありがとう」
「まっすぐでまともな関係なんてスーパーの野菜売り場に置いて帰ったらいいよ」
「愛はコンビニでも買えるしなー」
「あなたたちも愛のある関係に見えますよ」
「世界はそれを愛と呼ぶのかしら」
「愛じゃないなら?」
「今度までに考えとく」