真空と地動説
9月にサンフランシスコに行った。去年も同じような時期に行って少しだけ書いたから今年も少しだけ書いておこう。
まだ夏の終わりの東京と違ってもうすっかり寒くて風邪をひきそうになった。コートを着てる人と半袖の人が隣り合っているのを見るとアメリカだなぁって感じがする。
サンフランシスコはいい街だけど真空って感じで少し怖い。何をしたらいいのかわからない。ここにいると行きたい場所がない、ほしいものがない、やりたいこともない、ということがなぜか重くのしかかる。日々ろうそくをすり減らしている東京での日々とも、勢いよく着火して燃え上がる観光旅行とも違うからだと思う。
最後の夜はサンフランシスコに来ていた先輩と、友人と、会ってビールを飲み過ぎるくらい飲んだ。世界のどこにいてもたいしてやることは変わらない。今回はずっと緊張していたからこの数時間がとっても楽しかった。すっぱいよって言われた黒いビールが本当にすっぱくてびっくりした。
脈絡もないけどニューヨークに行きたいと思った。ニューヨークに行きたい。
飛行機でハリー・ポッターの最終巻を読んだ。少し前に7巻の上巻まで読み終わっていて、あと1冊だったのだけど一気に読み上げたくて待っていた。機内で映画が見られない人間なので長いフライトは昏々と寝て少しだけ起きて、食べ物の代わりに活字を食べて、また眠る。
- 作者: J.K.ローリング,J.K.Rowling,松岡佑子
- 出版社/メーカー: 静山社
- 発売日: 1999/12/01
- メディア: ハードカバー
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金曜ロードショーでハリポタがやってて原作を読み返したくなって、全巻電子化して11冊まとめてタブレットに放り込んだのが7月。年内くらいに読みたいなって思ってたけどめちゃくちゃおもしろいから手が止まらなくて、もったいないからセーブしつつ、結局2ヶ月で11冊読んだ(全7巻だけど上下分を含めると11冊ある)。
こんなにおもしろいものを幼少期に読めた自分は幸福だったなと思った。贅沢。「アズカバンの囚人」までは何度も何度も繰り返して読んだから、記憶がフラッシュバックするようなフレーズが何度も出てきて胸が詰まった。軽口叩いているようでスマートに人を幸せにしてくれる双子がずっとすきだし、一生リーマス・ルーピンに恋し続けるしかないのであった。ルーピン先生に幸せな記憶がたくさんあってほしい、暗い顔しないでにっこりしてほしい。夢小説脳は治らない。
シリウス・ブラックに昔読んだ時よりずっとずっとときめいてしまって困った。まとめて読むことで輝かしい記憶と暗い過去がどんどんつながっていったからだろうか。さみしさと愛についてわたしの理解が深まったんだろうか。シリウスにハリーがいてよかった、という感情、多分当時の自分は今ほど抱いていなかっただろう。
7巻は本当に本当に辛くて、特に上巻はしんどかった。ずっと傷ついていて孤独でかなしい。ハリー・ポッターのすごいところは、登場人物みんなにムカつくところだ。主人公でも容赦なくムカつくし、敬愛すべきアルバス・ダンブルドアだって燦然と輝くジェームズ・ポッターにだってムカつく。しかもその不完全さとか未熟さが「だから強い」とかいうカウンターじゃなくて普通に欠点。でもそういうのを書ききれるのがすごいなぁと思うし、もっと知りたくなるし、理解したくなる。そのバランスが凄まじくて読み終わってからもずっと考えてしまう。
大人になってから読むと、子どもの頃にはなかった視点があるからびっくりする。自分でもびっくりするところで泣いてしまう。子どもは大人が思うほど子どもじゃないし、大人は子どもが思うほど大人じゃない。
読み始めたのはクロアチアへ行く飛行機で、読み終わったのはサンフランシスコから帰ってくる飛行機だ。この本を初めて読んだ頃の自分と比べたらずいぶん取り巻く世界は変わった。
毎日たいした意思も考えもなく、昨日の延長として今日を生きて明日につなげてるだけでも、そうやって世界は変わっていくんだなぁ。地動説だ。生きるのは結構楽しい。