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インターネットすやすや

嘘ときどき現実、見方により法螺話となるでしょう

浸水は午前3時

自分でもさすがにどうかしていると思うくらい、ドラスティックに生活を変えている。大きな意味でも小さな意味でも変えている。この2週間くらいで人格が入れ替わったんじゃないかってくらいギアを入れて、どこまで意識的なのか自分でももうよく分からない。アクセルを踏んだのもギアを回したのも自分なんだけど、そのあと手を離してしまったのであとは自動運転におまかせ。わたしは後部座席で眠る。問題、起きたらどこにたどりついているでしょう?

学生の頃と違って数年ごとの卒業も入学もないのでこのままさくさくと落ち葉を踏むように毎日を過ごしていってしまう気がして怖い、というのはまぁ常々思っていることなんだけど、何かが耐えられなくなってせき止めていたダムの水門を開けた。すごい音がした。飛沫が光ってまぶしくて目をつむった。世界は水に沈んだ。

幸せで死にそうな瞬間と、苛立ちや憎悪で燃え尽きそうな瞬間が交互に来て感情が忙しい。いや、そういう人生を選んでいるので当然なのですが。感情ジャンキー。常に揺れ動いてないと、ホルモンが出まくっていないと気が済まないのだろうか。それはそれで、本当に、どうなのか。正気を保つためには四六時中気を狂わせていなくてはいけない、それも極めて理性的に。そういう努力。

知らない街で暮らしはじめて、人間の肉体は細胞の集まりなのだなあとぼんやり思っている。食べたり飲んだりしたものが全部生命力になるように、吸った空気も外灯の光も何気ない会話も帰り道のコンビニの気の抜けたチャイムの音も何かになっていく気がする。細胞がぐるりとまっさらになるまで、新しい物体になるまで、あとどれだけかしら。